『影』の号令と同時に残存の触手は全て『大聖杯』周辺に集結する。

何故か?言うまでもない。

『影』が・・・そして『大聖杯』の魔力を略奪したあの醜い化け物が離脱する為の時間稼ぎのつもりだろう。

「だが、意味はねえ・・・」

そう、このブリューナクを発動させ『革命幻想』を起動すればそれで片がつく。

むしろ周囲から邪魔が入らないだけこっちの方が楽だ。

だが、急がねばなるまい。

奴が離脱を決意した以上俺に残された時間は少ない筈。

多分五分も無いだろう。

「奴に・・・『大聖杯』の魔力を渡すかよ」

静かに呟くと俺は『大聖杯』目掛けて駆け出した。

聖杯の書十四『大聖杯攻防戦後編“崩壊”』

俺が進むと同時に触手が俺目掛けて突き進んでくる。

それをかわしながら俺はひたすら突き進む。

今の俺にブリューナクを維持ながら他の得物を投影出来る余力も時間的余裕も無い。

後ろからも来るようだがそんなものに構っている暇は無い。

それに俺は一人ではない。

「ったく無鉄砲にも程があるぞ」

俺の後ろには最速の守り手がいる。

「ランサー、俺の背中を」

「任せろ」

後方をランサーに任せて俺はただひたすらに前を目指す。

高台を駆け上がる。

影の壁が俺の前に立ちはだかる。

ランサーは後ろの守りだけで精一杯か・・・

「ここで使うか・・・」

「いや、使うのなら至近距離だ」

そんな声と共に牢獄に穴が開く。

「・・・アーチャー」

「さっさと行け。私の気まぐれが変わらぬうちに」

「ああ」

ためらい無く牢獄の中に突入する。

牢獄内は更に邀撃に激しさが増してくる。

前後左右は無論上下からも襲い掛かってくる。

だがそんな事に構っている暇は無い。

今ならはっきりわかる。

狼の容貌だった影の化け物は既に身体の半分以上が元の影にかえりつつある。

一刻の猶予も無い。

俺は襲撃を仕掛けてきた、触手に乗るとそのまま、駆け上がる。

「よし!」

絶妙の高さ、そしてここから跳躍して叩き込めば威力の減殺を最小限に食い止められる。

そのまま一気に触手を蹴り上げ跳躍する。

無防備となった俺に全方向から触手が迫るが構うものか!

「轟く五星(ブリューナク)!!!」

真名を命じると同時に鏃は五つの閃光を放ち前方の触手を打ち消す。

だが、残りはどうしようも無い。

なす術も無く貫かれると思われた瞬間、俺は吹き飛ばされていた。

「へっ?」

視線の先には俺の代わりに触手に貫かれるアーチャーがいた。

「アーチャー!!」

「・・・」

あいつの眼が言っている。

“俺を超えると言ったのなら超えてみろ”

“この様な中途半端な状態でリタイヤなど俺が許さぬ”

「ちっ結局良い所持って行きやがって・・・」

悪態をつきつつも俺は僅かに微笑む。

「ああ、あの世なり英霊の座なりでしっかりと見ておけ。そしてこれで最後だ『大聖杯』・・・革命幻想(クラッシュ・ファンタズム)」









その瞬間光が瞬く。

『大聖杯』を包むように閃光が煌き、次は轟音と石を混じった暴風が吹き荒れる。

「おっと士郎!!」

地面に激突しかけた俺をランサーが抱えて更にその背中で俺を石やら岩から身を守る。

視界の端には同じ様にセイバー、ライダー、バーサーカー、キャスターが凛達マスターを守っているようだった。

やがて暴風も収まり周囲は無音に戻る。

「・・・ふう・・・」

静かに立ち上がる。

「・・・解放魔術回路封印(マジックサーキットナンバー]]W、ホルスターロック)、補充開始(チャージスタート)」

まずは魔術回路を封印してから余剰分を空になった回路に回す。

全回路ともほぼブルーからグリーンまで回復した。

これで暫くは持つ。

更にT・Uにも余剰分をまわして置く。

「士郎」

後ろからランサーの声がする。

「ランサー」

「これで終わったのか?」

「ああ・・・終わった」

その視線の先にはもう何も無い。

『大聖杯』を作り上げていた高台は完全に粉砕されている。

遂に果たした。

『大聖杯』を・・・完膚なきまでに崩壊させた・・・

もうこの地で『聖杯戦争』は起こる事はない。

そしてあれだけの爆発に巻き込まれれば『影』もおそらくは・・・

だが、俺の推測はもろくも潰える。

「・・・危機一髪というべきかな?」

「!!」

俺の背後から声が聞こえる。

振り向けばそこには・・・

「な、何だと・・・」

『影』が立っていた。

「ふう・・・すさましき威力よ・・・後一秒あの爆発が早ければこちらはまさしく四散していたな」

「ま、まさか・・・」

俺の蒼ざめた声に『影』は軽く笑う。

「ギリギリだったがな」

その表情と先程の台詞で全て悟った。

『革命幻想』が発動されるまさに一秒前であの巨獣と共に奴は離脱したのだ。

「くそっ!!」

「やはり俺の勘は正しかった。お前とは長い・・・永い付き合いになりそうだ」

「・・・『影』」

「いずれお前とは決着をつけたいものだ」

「ああ、言われなくても」

「ふっ・・・それでこそだ。それと急げ。ここはそろそろもつまい」

その言葉を皮切りに岩盤が崩れ始める。

「こ、これは・・・」

「ギルガメッシュと言ったかな?奴が岩盤にダメージを与えていてな。それに加えて今までの戦闘だ。更にはあの高台が崩れたのが止めとなったな。まもなくここは崩壊しよう」

「!!!」

「ではな『錬剣師』衛宮士郎。いずれ又会おう」

そういうと、『影』は俺の影に沈みその姿を消した。

「ランサー!!急ぐぞ」

「ああ」

俺達は同時に駆け出す。

「皆ここは崩れる!!早く逃げろ!!」

その言葉にはっとした凛達が駆け出そうとする。

いや、駆け出そうとした瞬間俺達のうち半数の動きが止まった。

「??セイバー?どうしたのよ!」

「ライダー!しっかりして」

「バーサーカー!!」

「ランサー!キャスター!」

突然サーヴァント達が膝を付き倒れ付した。

見れば意識を悉く失っている。

「もしかして・・・『大聖杯』が崩壊したから現界が・・・」

「いや、その割には魔力が未だに全員ある。座に還るにしてもまだ時間があるはず」

だが、この状態は・・・一体・・・

「衛宮、戻れなくなったぞ」

「!!」

視線の先には岩に塞がれた出口があった。

「ちい!俺の方であの岩を」

だが、状況はそんな余裕すら俺達に与えてくれそうに無かった。

遂に天井の岩盤が崩れ俺達に降り注ぐ。

それを何とか庇おうとする。

と、そこに

「――――――(身体は剣で出来ている)」

聞き覚えのある声がした。

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

花びらのような七つの壁が岩を支える。

「な、アーチャー!!」

そこには身体の各所を貫かれ『革命幻想』の爆発を受けたのか随所より激しい出血を見せているアーチャーの姿があった。

それどころかもう半分以上が透き通りむしろ何処にこんな魔力が残っているのかそちらの方が不思議な位だ。

「な・・・何をしているか衛宮士郎、貴様はさっさと脱出路を作れ。もうあまり持たん」

「・・・アーチャー・・・」

「さっさとせぬか!!死体が動いているようなものだ。この機を逃すな!」

「・・・悪い」

俺はそれだけ言うと道を作らんとふさがれた出口に向かった。









「アーチャー・・・」

必死になって岩盤を支えている彼にマスターだった少女が近寄る。

「ふっ・・・こう言う事だ凛。残念だが今回の・・・いや、この地での聖杯は諦めろ」

もはや満身創痍、何処にこんな力があるかもわからない。

だが、それでも彼の展開している七枚の花びらは強固に岩盤から全員の身を守っている。

「ふっ・・・私も甘くなったものだ。マスターが君でなければ何処までも冷酷かつ冷徹でいられたものを」

薄く自らに冷笑を浴びせる。

いや結局は同じだろう。

この歴史のおける衛宮士郎の強さに打ちのめされていただろう。

それならばせめて懐かしき思い出の少女のサーヴァントとなれた事は喜ぶべきなのだろう。

そんな彼を見ていられなくなったのか凛は思わず

「アーチャー・・・私と再契約」

だが、そんな凛の言葉を遮る。

「それは出来ん。もはやこの世界にいるべき理由も目的も無いからな。私はここまでだ」

「で、でもそれじゃあ・・・アーチャーさんは・・・未来の先輩は・・・」

傍らには彼女の妹が・・・彼が人間であった頃は大切な後輩が半分涙を零しながら

「そうよ、あんた何時まで経ったって救われる事も報われる事も・・・」

そして姉の方も今にも泣き出しそうな表情で必死に訴える。

それに加えて止めとばかりに

「・・・アーチャー・・・いえ、シロウ・・・」

彼にとって妹であり姉であるただ一人の肉親までもが同じ表情で見ている。

「・・・まいった・・・これだけはまいった」

彼は心底困惑した様に呟く。

彼の・・・エミヤシロウにとって遠坂凛とはどんな苦難であっても堂々と胸を張り不敵に笑いながら進み、遠坂桜・・・いや間桐桜は明るく、明るく朗らかな笑顔が良く似合う、まさしく桜の名に恥じない少女の筈。

そしてイリヤはと言えば無垢で純粋な雪の如き少女。

彼女達に振り回されていたとしても衛宮士郎としてはあの日々は最良のものだった。

だが、その暖かき日常を作ってくれた三人にこのような表情をされては還れるものも還れない。

だからだろうか?

彼が信じられない事を託したのは。

「凛、桜・・・イリヤ」

「??アーチャーさん」

「何?」

「??シロウ」

「・・・私を頼む。この世界の私は私を遥かに超える強さと意思を持っている。だが、その危うさもまた私以上だ。君達三人で暴走せぬよう縄なり鎖で縛っておいてくれ」

その言葉に三人は顔を見合わせる。

もはやここまで違っている以上この世界の衛宮士郎がどう変わろうとこちらの英霊エミヤには何の関係も無い。

もうこちらのエミヤシロウには何の報いも救いもありはしない。

だが、それでも彼女達は頷いた。

それで少しでも彼が報われるのなら。

「うん・・・うん!!わかった!!あの馬鹿を必ず自分の事好きにさせるしあんたみたいなひねくれ者にさせない」

「先輩を・・・必ず私たちで救いますから・・・だから・・・」

「当然よ!私がいるんだからここのシロウをそんな風にはさせないから」

その言葉に安心したのか彼の表情が緩む。

そして憑き物が堕ちた様に逆立っていた髪が重力に従う。

「・・・大丈夫・・・大丈夫だよ遠坂、桜・・・姉さん。答えはこの世界のあいつから得た。俺ももう少し位がんばれる筈だから」

「「「・・・・」」」

息を呑む。

それは紛れも無い衛宮士郎の笑みだったのだから。

だが、その瞬間、花弁が一気に五枚散り、残り二枚も何時散ってもおかしくないほど脆い。

だが、

「アーチャー!!―――――(身体は剣で出来ている)」

似た詠唱が響く。

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!!」

新たな七枚の花弁が生み出される。

「な!!衛宮士郎!!貴様どういうつもりだ」

もう消えつつある身体でそう罵声を飛ばす。

「・・・何故か?・・・簡単だ」

そう言って暗い笑みを浮かべる士郎。

それは

「もう俺達に」

絶望を端的に表していた。

「脱出口は無い」









「猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!!」

ヴァジュラは一瞬の内に崩れた壁を打ち壊す。

だが、

「そ、そんな・・・」

絶望の余り膝を付きかける。

既に通路は全て埋まり道なのか壁なのかわからない状態となっていた。

すなわちここを脱出するにはこの岩盤をまとめて吹っ飛ばして突破しなければならない。

だが、ホルスターを前日に続いて二つ解放し、体調が更に悪化した俺には困難・・・いや、はっきり言おう。

もはや不可能な事。

更には崩れる岩盤を支えていた花弁が次々と砕け散っていく。

アーチャーも既に限界を超えている。

このままではもたない。

そう確信した瞬間俺は高速で検索したあの盾を投影する。

「ぐううう・・・」

「くっ・・・衛宮士郎。まさか貴様ここで諦める気はあるまい」

それこそまさかだ。

「余計なお世話だ。最後まで俺は足掻く。それだけだ」

「ふっ、そうだったな。まあそうでなくては生かした甲斐が無い」

「ほっとけ」

結局別れが間近であったとしても俺達はこの調子だった。

しんみりと別れるなんて俺達らしくない。

「まあいい。さてこの身体も限界だな。衛宮士郎、せいぜい無駄な道を足掻いて進むがいい」

「余計なお世話だ。貴様も自分のかなえた夢に押しつぶされるなよ」

互いに悪態を付き合いアーチャーは消失した。

その瞬間、岩盤がじかに俺の展開したアイアスに圧し掛かる。

「くそっ・・・予想以上だなこれは・・・」

やはり急造の盾は脆い。

アーチャーのそれより遥かに速いペースで花弁にひびが入る。

更に俺自身の魔力消耗が激しい。

意識を失いそうな中己に喝を入れてアイアスを維持する。

「・・・わ、悪い皆・・・ここまでの様だ・・・」

アーチャーには意地を張ってあんな事を言ったが俺自身がもはや限界だった。

展開する為の魔力が枯渇しかけている。

無論ホルスター内には充分に残されているがアイアスを維持したままホルスター解放は不可能だったし。なによりも、俺自身ホルスター解放は行えない状態だった。

これ以上は身体の方が拒絶反応を起こす。

「く、くそっ・・・眼が霞んで来やがった・・・」

アイアスが砕ける・・・も、もう・・・だめ・・・か・・・

霧壁

その瞬間俺は聞き覚えのある声を聞き、倒れかけた身体は誰かに支えられた。

「士郎、大丈夫か?」

「・・・は、ははは・・・これが大丈夫に見えるのか?」

「いや、やばい奴にはそう言うのが決まりみたいなものだろう?」

「そんな決まりいらねえよ」

俺は軽く笑う。

「・・・サンキュ、マジで助かった」

「水臭い。盟友に礼なんかいらない・・・お前が言った言葉だろ?」

俺と我が盟友・・・七夜志貴は笑いあった。









どうやら俺達は間一髪で志貴が展開した『霧壁』によって守られたようだ。

なら何の心配も無い。

『極鞘・玄武』の秘技、『霧壁』は守りなら最高ランクの守護の結界。

俺の知る限り『霧壁』に匹敵するのは、セイバーの『全て遠き理想郷』のみ。

いや、『全て遠き理想郷』は単体であるのに対してこちらはどれだけ広範囲であろうと変わらぬ強度で支え続ける。

その点では『霧壁』の方が格段に優れている。

「しかしどうしたんだ一体?」

暫く志貴に支えられていたがやっと自力で立てる位には回復した俺の問いかけに志貴は『聖盾・玄武』をかざすのを止めながら、

「ああ、師匠からお前の様子を見に行けと命じられてな」

「そうか・・・と言うか大丈夫か?『霧壁』の展開」

「心配するな。この程度の岩盤だったら維持を止めても五時間は軽く持つ」

そんな事をあっさりと抜かしてくれました。

「今更だがとんでもないよな。お前の秘技はどれもこれも」

本当に何を今更だが。

大地を支配する槍にその身を風と一体化する双剣、更には炎を従える剣、極めつけは神々の守護という言葉を具現化したかのようなあの盾だ。

「それよりも士郎、『大聖杯』は?」

「ああ、破壊には成功した。だが、中の魔力は全て奴に奪われた」

「奴?・・・それよりも本当か?それ」

「ああ、ここで嘘言っても仕方ねえだろ」

「それもそうか・・・取り合えず一旦お前の家まで戻ろう。話しはそれからだ」

「ああ、皆こっちに」

俺の呼びかけに全員集まる。

「ちょっと士郎、こいつ誰なのよ?て言うかこの結界何?」

「取り敢えず家に戻ったらまた説明する」

「士郎、倒れている彼らもか?」

「ああ、一緒に」

もう直ぐ消えるのだとしてもここに置き去りなど出来る筈がない。

彼らがいなければ俺達は助からなかったのだから。

「了解、じゃあここで」

志貴は倒れているランサーの直ぐ脇に立つ。

そこがちょうど中心位置になる。

そして全員が集まる。

「じゃあ、戻るぞ」

その瞬間俺達は志貴の風に包まれ俺達は『大聖杯』跡を脱出した。









こうして・・・この冬木の地で二百年間続いた『聖杯戦争』は誰もが予想すらつかない形で完全に終焉を告げた。

だが、壮絶である筈の『聖杯戦争』も歪に曲がり狂った歴史ではほんの序盤に過ぎなかった。

なぜなら・・・『六王権』復活の為、実行された『クリスマス作戦』、これが成功したのだから・・・

それはすなわち『蒼黒戦争』が勃発する事が確定したのだから・・・

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